12.02.16 MAD: ベーシック:関係性の美学と政治的なもの – SITE ZERO | ジャック・ランシエール『美学における居心地の悪さ』(Galilée、2004[未訳])|星野太


ジャック・ランシエール『美学における居心地の悪さ』(Galilée、2004[未訳])|星野太 2006年11月13日

本書は、フランスの哲学者であるジャック・ランシエール(1940─)が1995年から2001年のあいだに行なった講義、および近年の美学に関する講演をもとに構成された書物である。ここ数年、日本でも紹介が進みつつあるランシエールの略歴についてはここでは詳しく立ち入らないが、師アルチュセールらとの共著である『資本論を読む』(今村仁司訳、筑摩書房、1996─97)や、『不和あるいは了解なき了解』(松葉祥一ほか訳、インスクリプト、2005)といった著作をはじめとして、近年では『カイエ・デュ・シネマ』誌における映画批評家としての顔も広く知られているだろう。

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Jacques Rancière
Malaise dans l’esthétique

まず確認しておくと、本書の表題である『美学における居心地の悪さ』(Malaise dans l’esthétique)は明らかにフロイトの『文化の中の居心地の悪さ[文化への不満]』(Das Unbehangen in der Kultur/ Le Malaise dans la culture)への目配せである。ランシエールはすでに2001年の『美学的無意識』(堀潤之訳、『みすず』2004年5月)において、フロイトの精神分析と美学を大胆に横断しながら、両者のひそかな結びつきについて論じている。それに対し本書では、「美学」そのものが主題として取り上げられ、それが政治学や倫理学といった領域と関連づけられながら論じられているのである。ただし、本書の目的は「美学」という学問領域を擁護することでも、それに対する著者自身の違和感を表明することでもなく、「[美学という]この言葉の意味を明らかにすることへの寄与」(p. 25)にこそある、とランシエールは述べる。特に本書の冒頭においては、現代の反美学的な言説、すなわち「美学における居心地の悪さ」が、実のところはるか以前にその起源を持っているという点が強調されている。

そこでランシエールは、近年の美学に対するさまざまな批判のヴァリエーションをいくつか列挙したうえで、本来は立場を異にするさまざまな論者が結果的にみな足並みを揃えて「美学」を批判する様を描き出してみせる。つまり、抽象的な思弁を避け、具体的な芸術作品の分析の必要性を主張する者も、あるいはまったく逆にイデア的な美の存在を主張する者も、「理念的な美」と「現実の芸術作品」の双方に跨る「美学」という思考領域の「混同」(confusion)を批判する点では共通している、というのだ。重要なのは、いま述べたように美学が「理念的な美」と「現実の芸術作品」の双方に跨った「不純なもの」である以上、美学に対するこうした批判が構造的に不可避だという点である。その証拠としてランシエールは、ヘーゲル、A・シュレーゲルといった哲学者たちの美学批判に言及する。すなわちバウムガルテンの『美学』、カントの『判断力批判』以来、観念論的な「美学」の牙城であったとされるドイツ・ロマン主義の時代において、美学はすでにその「混同」に対する「居心地の悪さ」を構造的に孕まなければならなかった、ということにランシエールは注意を促しているのだ。

ただしランシエールは、美学をこの時期に成立したあるひとつの学問領域とみなすこと自体には異議を唱えている。すなわち美学とは、芸術を同定する「体制」(regime)の名なのであり、18世紀後半のドイツにおいて起ったことは、「美学の誕生」ではなくむしろ「芸術に関する思考の体制の変化」、すなわち詩学から美学へ、という体制の変化であったのだという。すでに使い古された言い方ではあるが、事実、「美学」(esthétique)という語の起源がそもそも「感性学」である以上、美学=感性学は歴史的にそれが誕生したとされる18世紀のはるか以前にその起源を持っている。本来、政治哲学を専門とするランシエールの美学への接近は、政治一般における「感性的なもの」(le sensible)への関心と不可分のものであり、ランシエールはこの「感性的なもの」という概念をみずからの政治哲学の核として用いながら、古代ギリシアのポリスにおける政治の本質がすでにその「分有」、「(再)布置」にあったということを、著作のなかで繰り返し論じている。『感性的なものの分有』(Le partage du sensible, La fabrique, 2000)における以下の記述には、ランシエールの政治哲学を独自のものたらしめているもっとも本質的な要素が内包されていると言えるだろう──「政治の基礎には、ベンヤミンが語る『大衆の時代』に固有な『政治の美学化』とは無関係の『美学』が存在するのである」(Le partage du sensible, p.13)。

本書はこうした歴史を追っていくことで、美学(および政治学)に対する今日の居心地の悪さ、およびそれと一対になった「芸術と政治の倫理化」の内実を明らかにすることをひとつの目的としている。というのもランシエールは、本来区別されるべき諸々の芸術活動や政治的実践を、「倫理的な無差別性」(p.26)へと回収しようとする今日の動向に対し強い抵抗を示しているからである。本書の末尾に収められた「美学と政治学の倫理的転回」は、美学や政治学を「倫理学」(éthique)の問題に還元してしまう近年の「神学的」傾向に異議を唱えている。その最たる例として挙げられているのがクロード・ランズマンの映画『ショアー』であり、ジャン=フランソワ・リオタールの「崇高」概念であるのだが、この両者はいずれも、「映画」や「前衛芸術」といった美学・芸術の問題を「倫理」の問題に還元してしまっている、とランシエールは指摘する。同じくランズマンによるホロコーストの聖別化を批判するナンシー、ディディ=ユベルマンらとある程度まで重なり合う仕方で、ランシエールは本書においてランズマンを次のように批判するのだ──「[ランズマンの]表象不可能なもの、という理念においては、実のところ不可能性と禁止という2つの観念が混同されている」(p.162)(この点については、『イマージュの運命』[Le destin des images, La fabrique, 2003]もあわせて参照されたい)。

ランシエールはここで、極めて常識的な事実を語っている。すなわち、芸術作品において「表象不可能なもの」など存在しない。すべては何らかの仕方で「表象可能」である。ゆえにランズマンの主張を支えているのは、何を「表象不可能なもの」とみなし、何の表象を禁じるのか、という倫理的な態度決定にほかならない。表題の「倫理的転回」とは「事実」(le fait)と「権利」(le droit)のこうした混同をさすものにほかならず(pp.145-6)、ランシエールの批判の矛先は、こうした倫理的な「禁止」を安易に「不可能性」と同一視する「純粋性の幻想」(p.173)へと向けられている。そしてこのテクストは、「今日の倫理的布置」から抜け出し、政治や美学における「曖昧で不安定な」性格を確保しておくことこそが、この「表象不可能性の神学」への抵抗たりうるだろう、ということを示唆したところで締めくくられている。

以上の議論からは、「純粋性」へと向かう倫理的傾向を批判し、美学や政治における「曖昧さ」や「不純さ」をあくまでも確保しようとするランシエールの態度を見て取ることができるだろう。しかしこの図式化においては、「美学」「政治学」、そして「倫理学」という領域の境界画定が、いささか素朴な仕方で行なわれているという印象はぬぐえない。ここでランシエールは、美学・政治学を倫理学に収斂させようとする「今日の倫理的布置」を批判しているが、そうしたランシエールの立場もまた、倫理学から美学・政治学を隔てておこうとする一定の「布置」(configuration)を提示していることに変わりはない。したがって「美学と政治学の倫理的転回」を批判することは、当然のことながらそれ自体すぐれて「美学=倫理的な」態度決定を含んでいる。そのような意味で、「本書の目的は美学を擁護することにあるのではない」という意思表示に反しつつ、ランシエールは少なくともここで、「美学=政治」の不純さにおいて美学を消極的に擁護するというひとつの「倫理的態度」を表明している、と言えるだろう。「純粋性」という名のもとに貶められる、ないし称揚されるものは、その純粋さを逃れながら何らかの仕方で回帰する──その点において、美学だけでなく倫理学もまた、こうした「不純さ」を回避することは不可能なのだ。

星野太 Futoshi Hoshino
1983年生。美学、表象文化論。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。論文=「質料の感覚──リオタールにおける内在的崇高のアポリア」(『UTCP研究論集6』2006)、「崇高なる共同体──大杉栄の「生の哲学」とフランス生命主義」(『表象文化論研究6』2007[掲載予定])など。共訳書=エイドリアン・フォーティー『言葉と建築──語彙体系としてのモダニズム』(坂牛卓+辺見浩久監訳、鹿島出版会、2006)。


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